12/7 田中角栄
- 公開日
- 2016/12/07
- 更新日
- 2016/12/07
校長室より
皆さんは「田中角栄」を知っていますか?
彼は、1972年(昭和47年)7月から1974年(昭和49年)12月まで、内閣総理大臣を務め、日中国交正常化を行った人です。また、ロッキード事件で総理大臣の座を追われた人でもあります。
最近、彼の本が書店で平積みになって売られていました。しかも、何種類も。その中の1冊、「田中角栄 魂の言葉88」を読んでみました。
田中角栄は新潟県の農村で生まれました。小学校の成績は抜群でしたが、家が貧しかったため、小学校卒業後働き始めました。その後、土建業に従事し、1943年(昭和18年)12月に田中土建工業を設立しました。彼が国政に進出したのは、1947年4月、日本国憲法による最初の総選挙となった 第23回総選挙で、民主党公認で立候補し当選しました。
政治家としては、郵政大臣、大蔵大臣、通商産業大臣を歴任し、第64,65代内閣総理大臣となりました。
彼は、「コンピュータ付きブルドーザー」と称され、努力を積み重ね、抜群の頭脳と記憶力を武器に、様々な事業に取り組みました。「日本列島改造論」は有名ですね。
また、数々の名言も残しています。
「時間を守れん人間は、何をやってもダメだ。」
「丸暗記というと、
人は軽蔑しがちだが、
私はそうは思わない。
これが勉強の前提になるのだ。
記録や数字などでも、
いま覚えなければ、
二度と見られないと思うと、
否が応でも覚えられる。」
このほかにも、数々の名言が載っています。努力の人「田中角栄」の生涯を紐解いてみるのもおもしろいと思います。