10/6 奈良時代からグルーバル化
- 公開日
- 2016/10/06
- 更新日
- 2016/10/06
校長室より
昨日、中日新聞に「平城宮にペルシャの役人がいた。」という記事が載っていました。6年生の子どもたちは、バスの中から平城宮跡を見てきました。広大な土地で、まだ発掘調査や復元工事が行われています。
まず目についたのは、巨大な朱雀門です。その後ろに、太極殿がそびえていました。バスからも見ることができましたね。その平城宮跡から発見されたということで、親近感もありました。
中日新聞記事を引用します。
(引用)
奈良市の平城宮跡で出土した「天平神護元年」(765年)と記された木簡に、ペルシャ人の役人とみられる「破斯清通」という名前があったことが5日、奈良文化財研究所の調査で分かった。「破斯」はペルシャを意味する中国語の「波斯」と同義で、国内の出土品でペルシャ人を示す文字が確認されたのは初めて。外国人が来日した平城宮の国際性を示す史料となりそうだ。
同研究所によると、木簡は1966年、平城宮跡東南隅の発掘で出土した役人を養成する「大学寮」での宿直勤務に関する記録。当時は文字が薄いため名前の一部が読めなかったが、赤外線撮影したところ、「破斯」の文字を判読できた。
(引用終わり)
奈良時代から国際交流があり、外国の役人がいたなんてびっくりでしたね。グルーバル化は今に始まったことではなく、ずっと以前からあったのですね。
(画像は中日新聞より)