1/12 七は何の数?
- 公開日
- 2016/01/12
- 更新日
- 2016/01/12
校長室より
こういう題にすると、算数の話かと思うかもしれませんね。実は、音楽の「七つの子」という動揺の話です。初等教育資料2016年1月号に文部科学省の教科調査官 津田正之先生の記事が載っていました。その題が、「七は何の数?」です。大変興味深く読みましたので、少し長いですが紹介します。
(引用)
烏(からす) なぜ啼(な)くの 烏は山に
可愛 七つの 子があるからよ
可愛 可愛と烏は啼くの
可愛 可愛と啼くんだよ
山の古巣へ 行って見て御覧
丸い眼をした いい子だよ
大学生を対象に、次のような授業を行った。ひと通り歌った後に「七は何の数」と問う。年齢か、それとも子供の数か。
烏は7歳まで生きないし、7羽も生まない。曲が発表された童謡雑誌『金の船』(大正10年7月)には、7羽の烏が描かれている。一方、日本の風習である「帯解き式」を迎えた7歳の女の子をイメージしているという説もある。このようなことを紹介した。
続いて、話者(詞の中の話し手)を問う。「誰?」「誰と誰?」「あるいは誰と誰と誰?」どういう状況なのか。
「お母さんと子供」という答えが多い。「小さな子供とお母さんの会話のようだ」と。全体が納得しかけたときに、「もう一人、おばあちゃんがいると思う。お母さんが、子供に一人で山の古巣に行ってみなさいと言うかな。おばあちゃんが、母と子に言っているのが自然だと思う」という発言があった。「なるほど」と共感する。
ちなみに、作詞した野口雨情は、この詞について次のように言う。(現代仮名遣いで紹介します。)
「静かな夕暮に一羽の烏が啼きながら山の方へ飛んで行くのを見て少年は友達に『何故烏はなきながら飛んでゆくのだらう』と尋ねましたら、『そりゃ君、烏はあの向うの山にたくさんの子供たちがいるからだよ、あの啼き声を聞いて見給へ、可愛い可愛いといっているではないか、その可愛い子供たちは山の巣の中で親がらすの帰りをきっと待っているに違いないさ』という気分を歌ったのであります」(『定本野口雨情 第8巻』未来社)
子供の感情に寄り添いながら、芸術的にも質の高い歌曲を目指して創作された大正期の童謡には、豊かな詞と音楽の世界がある。
(引用終わり)
いかがでしょうか。
歌の歌詞にもいろいろな意味や感情を持っています。その歌詞を味わいながら歌うと、また違った歌のように聞こえるかもしれませんね。