学校日記

1/5 ちょっと音楽の話を

公開日
2016/01/05
更新日
2016/01/05

校長室より

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 2015年12月19日、一人の音楽家が世を去りました。名前はクルト・マズア。88歳でした。
 
 クルト・マズアといっても知っている方は、よほどの音楽好きでしょう。

 彼は、ドイツ東部に生まれ、ライプツィヒでピアノ・作曲・指揮法を学びました。その後指揮者として活躍し、特に1970年〜1996年まで26年間にわたり指揮者を務めた、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団との演奏は、素晴らしいものがありました。

 彼をもう一つ有名にした出来事があります。それは、1989年10月9日、ベルリンの壁崩壊につながったとされるライプツィヒの月曜デモのときです。民主化を要求するデモ参加者は7万人。秘密警察と軍隊の銃口は市民に向けられました。このときマズアは、東ドイツ当局に対して市民への武力行使を避け、平和的解決を要望するメッセージを発表しました。この行動は当時国際的にも注目を集めました。
 当時の東ドイツの情勢を考えると、彼の行動はまさに命をはった行動でした。だからこそ、ベルリンの壁が無血開場されたことにつながったこの発表は、心に残る素晴らしいものでした。彼の信念の賜です。

 巨匠の一人として、長く指揮棒を握り、最後まで指揮者として活躍しました。晩年の、車いすにのっての指揮ぶりは、感動を覚えたものです。

 彼の行動は長く語り続けられることでしょう。ご冥福をお祈りします。
 (画像はウィキペディアより)