学校日記

3/31(火) 感謝

公開日
2020/03/31
更新日
2020/03/31

校長メッセージ

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3月が終わります。
多くの人は4月から新しい環境が待っています。この年度末は新型コロナウイルスの影響で、日本だけではなく世界中で今までに経験したことのない日々を過ごすことになりました。中学校においても、卒業生より先に在校生にさよならのお別れを言うことになろうとは思ってもみませんでした。何よりも学年の先生、とりわけ異動となる先生たちはこの一ヶ月が辛いものとなったに違いありません。
それでも明日から4月が始まります。
何をするにも不安がよぎりますし、うまく滑り出せずに心ふさぐことがあるかもしれません。そんなときは前にも紹介した、プリンスの失敗談を自分の励みとしています。4年前の4月21日に亡くなったアメリカ、ミネソタ州ミネアポリス出身のロックミュージシャンであるプリンスの若かりし頃の失敗談が、当時新聞のコラムに掲載されました。
『グラミー賞に7度輝いた天才ロックミュージシャンにも「前座」での残酷な経験がある。57歳の若さで亡くなったプリンスである。
1981年10月、ローリング・ストーンズのロスアンゼルス公演で前座に起用されたが、ストーンズのファンは手荒かった。見慣れぬ若者のあまりに革新的な音がストレートなロックを期待したファンには奇妙に聞こえたか。「引っ込め」というブーイングの嵐が起きた。物を投げ込む輩もいて、15分で退場するしかなかったという
前座、見習い、新入社員。4月も終わりに近いが社会人デビューした若者たちよ。この1ヵ月間はいかがだっただろう。悔しい思いもしたか。同情はするが、誰もが通る道である。しばらくは辛抱である
そうそう、15分で引っ込んだあの黒人青年の話である。2回目の公演でもひどい罵声に演奏を途中で切り上げた。それでも恐怖のステージに立つには立ったのである
(2016.4.24/中日春秋)』
4月に入って立ち止まってしまったとき、少しでも心の支えになれば・・・。
2回目の公演で恐怖のステージに立ったプリンスを思い出して。

地域や保護者の皆様には、多大なるご支援をいただいき、ありがとうございました。「ホームページで学校の様子がよくわかる」とおっしゃっていただけることが、励みとなった4年間でした。このホームページは、年度のところをクリックしていただければいつだって見返すことができます。
日ごろの学校の様子に加え、ときに崩壊の瀬戸際にある私の悩みや傷心や不安や寂寥の足跡を少しだけ書き加えてきました。
長い間お世話になりました。最後の最後で卒業式で直接保護者の方々にお礼を述べることができずにとりあえず知多中のホームページは区切りをつけて、新しい年度を迎えます。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。(文責:平下)